毛沢東「延安の文芸座談会における講話」
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| 汉语 | 日本語 |
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| 1-1. 第一个问题:我们的文艺是为什么人的 ? | 1-1. 一つめの問題は、我々の文芸は誰のためのものかという問題である。 |
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1-2.
这个问题,本来是马克思主义者特别是列宁所早已解决了的。列宁还在一九○五年就已着重指出过,我们的文艺应当“为千千万万劳动人民服务”⑵。在我们各个抗
日根据地从事文学艺术工作的同志中,这个问题似乎是已经解决了,不需要再讲的了。其实不然。很多同志对这个问题并没有得到明确的解决。因此,在他们的情绪
中,在他们的作品中,在他们的行动中,在他们对于文艺方针问题的意见中,就不免或多或少地发生和群众的需要不相符合,和实际斗争的需要不相符合的情形。 1-3. 当然,现在和共产党、八路军、新四军在一起从事于伟大解放斗争的大批的文化人、文学家、艺术家以及一般文艺工作者,虽然其中也可能有些人是暂时的投机分 子,但是绝大多数却都是在为着共同事业努力工作着。依靠这些同志,我们的整个文学工作,戏剧工作,音乐工作,美术工作,都有了很大的成绩。这些文艺工作 者,有许多是抗战以后开始工作的;有许多在抗战以前就做了多时的革命工作,经历过许多辛苦,并用他们的工作和作品影响了广大群众的。 1-4. 但是为什么还说即使这些同志中也有对于文艺是为什么人的问题没有明确解决的呢?难道他们还有主张革命文艺不是为着人民大众而是为着剥削者压迫者的吗? |
1-2. この問題は、もともと、マルクス主義者によっ
て、特にレーニンによってはやくから解決されている。レーニンはすでに1905年、我々の文芸は"幾千万の勤労者に奉仕"すべきであると強く指摘してい
る。我々の各抗日根拠地で文学芸術の活動に従事する同志たちのあいだでは、この問題はすでに解決されており、いまさら話す必要なないかのように見える。実
はそうではない。多くの同志にとって、この問題は明確には解決されていない。したがって、彼らの気持ち、彼らの作品、彼らの行動、文芸の方針問題に対する
彼らの意見の中には、大衆の要求にも合致しないし、実際の闘争の要求とも合致しない状態が多かれ少なかれ生じるのを免れない。 1-3. 現在、共産党、八路軍、新四軍とともに、偉大な解放闘争に従事している数多くの文化人、文学者、芸術家および一般の文芸工作者の中には、もちろん、一時的 な投機分子がいくらかいるかもしれないが、圧倒的多数は共同の事業のために活動に励んでいる。これらの同志に依拠して、我々の文学活動、演劇活動、音楽活 動、美術活動全体は、大きな成果をあげた。これらの文芸工作者の中には、抗戦以後に活動を始めた人がたくさんいる。また、抗戦以前から長い間革命活動を行 い、数々の苦労をかさね、その活動や作品によって広範な大衆に影響を与えてきた人もたくさんいる。 1-4. しかし、これらの同志のあいだにさえ、文芸が 誰のためのものかという問題を明確に解決していない人がいると言うのはなぜだろうか。彼らの中には、革命的文芸は人民大衆のためのものではなく、搾取者、 抑圧者のためのものだなどと主張している人がまだいるとでも言うのだろうか。 |
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1-5. 诚然,为着剥削者压迫者的文艺是有的。文艺是
为地主阶级的,这是封建主义的文艺。中国封建时代统治阶级的文学艺术,就是这种东西。直到今天,这种文艺在中国还有颇大的势力。文艺是为资产阶级的,这是
资产阶级的文艺。像鲁迅所批评的梁实秋⑶一类人,他们虽然在口头上提出什么文艺是超阶级的,但是他们在实际上是主张资产阶级的文艺,反对无产阶级的文艺
的。文艺是为帝国主义者的,周作人、张资平⑷这批人就是这样,这叫做汉奸文艺。 1-6. 在我们,文艺不是为上述种种人,而是为人民的。我们曾说,现阶段的中国新文化,是无产阶级领导的人民大众的反帝反封建的文化。真正人民大众的东西,现在一 定是无产阶级领导的。资产阶级领导的东西,不可能属于人民大众。新文化中的新文学新艺术,自然也是这样。对于中国和外国过去时代所遗留下来的丰富的文学艺 术遗产和优良的文学艺术传统,我们是要继承的,但是目的仍然是为了人民大众。对于过去时代的文艺形式,我们也并不拒绝利用,但这些旧形式到了我们手里,给 了改造,加进了新内容,也就变成革命的为人民服务的东西了。 |
1-5.
たしかに、搾取者、抑圧者のための文芸はある。文芸が地主階級のためのものであれば、それは封建主義の文芸である。中国の封建時代の支配階級の文学芸術は
こうしたものだった。今日でも、こうした文芸が中国ではまだかなり大きな勢力を持っている。文芸がブルジョア階級のためのものであれば、それはブルジョア
階級の文芸である。魯迅が批判した梁実秋のような人間は、口先では、文芸は超階級的なものなどと言っているが、実際には、プロレタリア階級の文芸に反対し
て、ブルジョア階級の文芸を主張しているのである。文芸が帝国主義者のためのものであれば、周作人、張資平らがそうだが、それは民族裏切り者の文芸と呼ば
れる。 1-6. 我々にあっては、文芸は上述のさまざまな人々のためのものではなく、人民のためのものである。かつて我々は、現段階の中国の新文化を、プロレタリア階級の 指導する、人民大衆の、反帝・反封建の文化だといった。真に人民大衆のものは、現在では必ずプロレタリア階級が指導するものである。ブルジョア階級の指導 するものは、人民大衆のものにはなりえない。新文化のうちの新文学、新芸術も当然そのとおりである。過去の時代から残されてきた、中国や外国の文学芸術の 豊かな遺産とすぐれた伝統については、我々はこれを受け継ぐ必要があるが、しかし、その目的はやはり人民大衆のためである。過去の時代の文芸形式について も、我々はこれを利用することを拒まないが、これらの旧い形式も、我々の手に移って改造され、新しい内容が盛り込まれれば、人民に奉仕する革命的なものに 変わるのである。 |
| 1-7. 那末,什么是人民大众呢?最广大的人民,占全 人口百分之九十以上的人民,是工人、农民、兵士和城市小资产阶级。所以我们的文艺,第一是为工人的,这是领导革命的阶级。第二是为农民的,他们是革命中最 广大最坚决的同盟军。第三是为武装起来了的工人农民即八路军、新四军和其他人民武装队伍的,这是革命战争的主力。第四是为城市小资产阶级劳动群众和知识分 子的,他们也是革命的同盟者,他们是能够长期地和我们合作的。这四种人,就是中华民族的最大部分,就是最广大的人民大众。 | 1-7. それでは、人民大衆とは何だろうか。最も広範 な人民、全人口の90パーセント以上を占める人民は、労働者、農民、兵士、および都市の小ブルジョア階級である。したがって、我々の文芸は、第一には、革 命を指導する階級である労働者のためのものである。第二には、革命の中で最も数の多い、最も断固とした同盟軍である農民のためのものである。第三には、革 命戦争の主力である、武装した労働者・農民、すなわち八路軍、新四軍、およびその他の人民武装組織のためのものである。第四には、やはり革命の同盟者であ り、我々と長期にわたって協力できる、都市の小ブルジョア勤労大衆と知識分子のためのものである。この四種類の人々が中華民族の最大の部分であり、最も広 範な人民大衆である。 |
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1-8.
我们的文艺,应该为着上面说的四种人。我们要为这四种人服务,就必须站在无产阶级的立场上,而不能站在小资产阶级的立场上。在今天,坚持个人主义的小资产
阶级立场的作家是不可能真正地为革命的工农兵群众服务的,他们的兴趣,主要是放在少数小资产阶级知识分子上面。而我们现在有一部分同志对于文艺为什么人的
问题不能正确解决的关键,正在这里。 1-9. 我这样说,不是说在理论上。在理论上,或者说在口头上,我们队伍中没有一个人把工农兵群众看得比小资产阶级知识分子还不重要的。我是说在实际上,在行动 上。在实际上,在行动上,他们是否对小资产阶级知识分子比对工农兵还更看得重要些呢?我以为是这样。有许多同志比较地注重研究小资产阶级知识分子,分析他 们的心理,着重地去表现他们,原谅并辩护他们的缺点,而不是引导他们和自己一道去接近工农兵群众,去参加工农兵群众的实际斗争,去表现工农兵群众,去教育 工农兵群众。有许多同志,因为他们自己是从小资产阶级出身,自己是知识分子,于是就只在知识分子的队伍中找朋友,把自己的注意力放在研究和描写知识分子上 面。 1-10. 这种研究和描写如果是站在无产阶级立场上的,那是应该的。但他们并不是,或者不完全是。他们是站在小资产阶级立场,他们是把自己的作品当作小资产阶级的自 我表现来创作的,我们在相当多的文学艺术作品中看见这种东西。他们在许多时候,对于小资产阶级出身的知识分子寄予满腔的同情,连他们的缺点也给以同情甚至 鼓吹。 1-11. 对于工农兵群众,则缺乏接近,缺乏了解,缺乏研究,缺乏知心朋友,不善于描写他们;倘若描写,也是衣服是劳动人民,面孔却是小资产阶级知识分子。他们在某 些方面也爱工农兵,也爱工农兵出身的干部,但有些时候不爱,有些地方不爱,不爱他们的感情,不爱他们的姿态,不爱他们的萌芽状态的文艺(墙报、壁画、民 歌、民间故事等)。他们有时也爱这些东西,那是为着猎奇,为着装饰自己的作品,甚至是为着追求其中落后的东西而爱的。有时就公开地鄙弃它们,而偏爱小资产 阶级知识分子的乃至资产阶级的东西。这些同志的立足点还是在小资产阶级知识分子方面,或者换句文雅的话说,他们的灵魂深处还是一个小资产阶级知识分子的王 国。 1-12. 这样,为什么人的问题他们就还是没有解决,或者没有明确地解决。这不光是讲初来延安不久的人,就是到过前方,在根据地、八路军、新四军做过几年工作的人, 也有许多是没有彻底解决的。要彻底地解决这个问题,非有十年八年的长时间不可。但是时间无论怎样长,我们却必须解决它,必须明确地彻底地解决它。我们的文 艺工作者一定要完成这个任务,一定要把立足点移过来,一定要在深入工农兵群众、深入实际斗争的过程中,在学习马克思主义和学习社会的过程中,逐渐地移过 来,移到工农兵这方面来,移到无产阶级这方面来。只有这样,我们才能有真正为工农兵的文艺,真正无产阶级的文艺。 |
1-8. 我々の文芸は、上に述べた四種類の人々のため
のものでなければならない。我々がこの四種類の人々に奉仕するには、プロレタリア階級の立場に立つべきで、小ブルジョア階級の立場に立ってはならない。今
日、個人主義的な小ブルジョア的立場を固執する作家は、革命的な労農兵大衆に真に奉仕することはできず、その興味は主として少数の小ブルジョア知識分子に
注がれている。現在、我々の中の一部の同志が、文芸は誰のためのものかという問題を正しく解決できない中心点は、まさにここにある。 1-9. 私がこう言うのは、理論上のことを言っているのではない。理論上、あるいは口先では、労農兵大衆を小ブルジョア知識分子より重要でないと見なす人は、我々 の隊列の中に一人もいない。私が言っているのは、実際にはどうか、行動ではどうかということである。実際上、行動上、彼らは小ブルジョア知識分子のほうを 労農兵よりももっと重要だと見なしているのではないだろうか。私はそうだと思う。多くの同志は、小ブルジョア知識分子が自分たちと一緒に、労農兵大衆に接 近し、労農兵大衆の実際の闘争に参加し、労農兵大衆を表現し、労農兵大衆を教育するようこれらの知識分子を導くのではなくて、小ブルジョア知識分子の研究 とその心理の分析により力を入れ、彼らを表現することに重きをおき、彼らの欠点を容認し弁護している。多くの同志は、自分自身が小ブルジョア階級の出身で あり、知識分子であることから、知識分子の隊列にだけ友人を求め、知識分子の研究や描写にその注意力を注いでいる。 1-10. こうした研究と描写がプロレタリア階級の立場に立ってなされたものならば、それは正しい。しかし、彼らはそうでないか、あるいは、完全にはそうではない。 彼らは小ブルジョア階級の立場に立ち、自己の作品を小ブルジョア階級の自己表現として創作しているのであって、かなり多くの文学芸術作品にそうしたものが 見られる。彼らは多くの場合、小ブルジョア階級出身の知識分子に心からの共感を寄せ、彼らの欠点にさえも共感を寄せたり、ひいてはそれを鼓吹したりする。 1-11. 労農兵大衆に対しては、接近すること、理解 すること、研究することに欠け、心のかよう友に欠け、彼らを描写することに長じていない。たとえ描いたとしても、着ている物は働く人民だが、顔つきは小ブ ルジョア知識分子である。彼らもある面ではやはり労農兵を愛するし、労農兵出身の幹部を愛するが、しかし、愛さない時もあれば、愛さない点もあり、彼らの 感情、彼らの姿、彼らの芽生えつつある文芸(壁新聞、壁画、民謡、民話など)を愛さない。彼らも時にはこうした物を愛することもあるが、それは奇を求める ため、自分の作品を飾るため、さらにはその中の立ち遅れた物を追求するために愛するのである。また、時には、公然とそうした物を蔑み、小ブルジョア知識分 子の物、ないしは、ブルジョア階級の物を偏愛する。これらの同志の立脚点はまだ小ブルジョア知識分子の側にある。あるいは上品な言葉に言い換えれば、彼ら の魂の奥底はまだ小ブルジョア知識分子の王国なのである。 1-12. このように、彼らは、誰のためのものかという問題をまだ解決していないか、あるいは明確には解決していない。これは、単に、延安に来てまもない人たちのこ とだけを言っているのではない。前線に行ったことのある人や、根拠地、八路軍、新四軍の中で数年活動したことのある人の中にも、この問題を徹底的には解決 していない人がたくさんいる。この問題を徹底的に解決するには、どうしても9年、10年という長い時間をかけなければならない。だが、どんなに長い時間が かかろうと、我々はそれを解決しなければならず、明確に、徹底的にそれを解決しなければならない。我々の文芸工作者は必ずこの任務を成し遂げ、立脚点を移 つし替えねばならず、また、労農兵大衆の中に深く入り実際の闘争に深く入る過程で、マルクス主義を学習し社会を学習する過程で、労農兵の側、プロレタリア 階級の側に次第に立脚点を移し替えなければならない。このようにしてこそ、我々は真の労農兵のための文芸、真のプロレタリア階級の文芸を持つことができる のである。 |
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1-13.
为什么人的问题,是一个根本的问题,原则的问题。过去有些同志间的争论、分歧、对立和不团结,并不是在这个根本的原则的问题上,而是在一些比较次要的甚至
是无原则的问题上。而对于这个原则问题,争论的双方倒是没有什么分歧,倒是几乎一致的,都有某种程度的轻视工农兵、脱离群众的倾向。我说某种程度,因为一
般地说,这些同志的轻视工农兵、脱离群众,和国民党的轻视工农兵、脱离群众,是不同的; 1-14. 但是无论如何,这个倾向是有的。这个根本问题不解决,其他许多问题也就不易解决。比如说文艺界的宗派主义吧,这也是原则问题,但是要去掉宗派主义,也只有 把为工农,为八路军、新四军,到群众中去的口号提出来,并加以切实的实行,才能达到目的,否则宗派主义问题是断然不能解决的。 1-15. 鲁迅曾说:“联合战线是以有共同目的为必要条件的。……我们战线不能统一,就证明我们的目的不能一致,或者只为了小团体,或者还其实只为了个人。如果目的 都在工农大众,那当然战线也就统一了。”⑸这个问题那时上海有,现在重庆也有。在那些地方,这个问题很难彻底解决,因为那些地方的统治者压迫革命文艺家, 不让他们有到工农兵群众中去的自由。 1-16. 在我们这里,情形就完全两样。我们鼓励革命文艺家积极地亲近工农兵,给他们以到群众中去的完全自由,给他们以创作真正革命文艺的完全自由。所以这个问题在 我们这里,是接近于解决的了。接近于解决不等于完全的彻底的解决;我们说要学习马克思主义和学习社会,就是为着完全地彻底地解决这个问题。我们说的马克思 主义,是要在群众生活群众斗争里实际发生作用的活的马克思主义,不是口头上的马克思主义。把口头上的马克思主义变成为实际生活里的马克思主义,就不会有宗 派主义了。不但宗派主义的问题可以解决,其他的许多问题也都可以解决了。 |
1-13.
誰のためのものかという問題は、根本的な問題であり、原則的な問題である。これまで、一部の同志たちの間の論争、意見の相違、対立および不団結は、この根
本的な、原則的な問題についてのものではなく、比較的第二義的な、ひいては無原則的な問題についてのものだった。ところが、この原則問題については、むし
ろ論争している双方に意見の相違などはなくほとんど一致しており、どちらも、労農兵の軽視、大衆からの遊離の傾向をある程度持っていた。私がある程度と言
うのは、一般的に言って、これらの同志の、労農兵の軽視、大衆からの遊離は、国民党の、労農兵の軽視、大衆からの遊離とは違っているからである。 1-14. しかし、いずれにしても、この傾向はある。この根本問題を解決しなければ、他の多くの問題も解決しにくい。例えば、文芸界のセクト主義について言えば、こ れも原則問題であるが、セクト主義を取り除くには、やはり、労働者、大衆のために、八路軍、新四軍のために、大衆の中へ、というスローガンを掲げ、それを 着実に実行してのみ、その目的を達成できるのであり、さもなければ、セクト主義の問題は断じて解決することができない。 1-15. 魯迅はかつて、「連合戦線は共同の目的を持つことが必要条件である。……我々戦線が統一できないのは、我々の目的が、ただ小グループのためのものか、ある いは、実際にはただ個人のためのものかになっていて、一致していないことを証明している。目的がすべて労働者、農民大衆にあるならば、当然、戦線も統一さ れる」と言っている。この問題は当時の上海にもあったし、現在の重慶にもある。これらの地方では、支配者が革命的文芸家を圧迫して、労農兵大衆の中に入っ て行く自由を与えていないので、この問題の徹底的解決は難しい。 1-16. しかし、我々のところでは、事情はまるっきり違っている。我々は革命的文芸家が積極的に労農兵に近づくよう激励し、彼らに大衆の中へ入る完全な自由を与 え、真の革命的文芸を創作する完全な自由を与えている。したがって、この問題は、我々のところでは解決に近づいている。解決に近づいているということは、 完全に、徹底的に解決したということではない。マルクス主義を学習し、社会を学習する必要があると言うのは、この問題を完全に徹底的に解決するためであ る。我々の言うマルクス主義とは、口先のマルクス主義ではなく、大衆の生活、大衆の闘争の中で実際に役立つ、活きたマルクス主義のことである。口先のマル クス主義を実際の生活でのマルクス主義に変えれば、セクト主義は生まれるはずがない。たんにセクト主義の問題を解決できるだけでなく、他の多くの問題もす べて解決できるのである。 |