中国における文革期文学の研究状況と文献の紹介
岩佐昌暲
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| 1.文革期文学研究の空白 文革期に生まれた文学を、仮に<文革期文学>と言うとして、そういう文学を当代文学史研究の上でまともに取り上げるようになったのは、ここ数年のことで ある。少なくとも80年代末まで中国では文革期の文学は研究対象としてほとんど問題にならなかったと断言していい(注1)。 その理由は第一にこの時期の文学が「政治の道具」として機能しており、文学としての玩味に耐えるものでも、文学研究の対象になりうるものでもなかったこ と、またその結果この時期が文学的に低調、暗黒の「文学空白」の時代だと意識されていたということ、そのために研究者が研究意欲をそそられなかったという ことが挙げられよう。 第二に、文革期に対して中国共産党が明確な否定を行っており、この時期に生まれた文学作品を研究することが学術的に積極的な意味をもつとは考えられな かったことが挙げられよう。それは文学研究者の仕事ではなく、政治学や社会学者の扱うことだと考えられたのである。とりわけ文革期に嫌悪の記憶しかない多 くの研究者には、それを扱うこと自体が対象的不毛であるという気持ちも強かったであろう。また政治に敏感な研究者には、それを扱うことはわざわざ火傷をす るようなものだという心理が働いたということもあろう。かくして文革期文学に対する研究は80年代には(私の知る限り)ほとんど手つかずの状態であった。 日本においても状況は同じようであった。文革期の出来事を素材にした新時期文学の作品が論じられることはあっても、文革期に生み出された文学をまともに取り上げた研究はほとんどなかったと言っていいのではないか(注2)。そしてこの状況は、私の知見の範囲では、今も変わらない。 だが中国では90年代に入って,文革期文学の研究が徐々に盛んになり始めている。小稿はその研究文献の紹介を兼ねた文革期文学研究状況のスケッチであ る。ただ,この文献紹介は手許にある資料によったもので,網羅的なものではなく,大体のもので,あるいはもっと重要な文献をもらしている可能性のあること を言っておきたい。 2.文革期文学研究の開始 中国で最初に文革期の文学を研究すべきだと主張したのは、私の知る限りでは、南京の文芸雑誌『鍾山』である。1989年この雑誌はその第2期に特集を組み、 潘凱雄・賀紹俊「文革文学:一段値得重新研究的文学史」 木弓「"文革"的文学精神−民衆理想的輝煌勝利」 王干「重読《東方紅》和《大海航行 舵手》」 の3編の論文を掲載した。潘・賀論文は「文革文学」の存在を認め、文革文学がその文学精神において文革前17年の共和国文学の継承であるという観点を打ち 出し、文革文学に対する科学的研究を呼び掛けるものだった。だがおそらくこの年起こった天安門事件の影響であろう、この呼び掛けに応じる研究は現れなかっ た。 3.楊健『文化大革命中的地下文学』をめぐって 文革期文学の研究が盛んになるのは90年代に入ってからである。そのきっかけになったのが1993年1月の、 楊健『文化大革命中的地下文学』(朝華出版社)、1993年1月 という書物の出版であった。この書物は文革初期、紅衛兵運動の中で生まれた文学から76年4月周恩来追悼のいわゆる天安門献歌運動までの非公然の文学作品 (活動)を、種々の資料を駆使して紹介したもので、文学的空白期とされた文革期に、一種の<対抗文化>として存在した非公然文学(楊健はこれを「地下文 学」と呼ぶ)の姿を浮き彫りにしたものであった。 この書物の与えた衝撃は大きく、多くの文芸雑誌がこれを取り上げたほか、おそらく本書に触発されて文革期文学を対象とする研究論文も発表された。例えば、同年の『文芸争鳴』2月号は「研究文革文学」という特集を組み、 謝冕「誤解的"空白"」 曹文軒「死亡与存活」 趙毅衡「自由与文学」 等の書評的随筆を掲載したほか、『飛天』や『斉魯学刊』などが、 劉火「自卑与自大共演的悲劇−論"文革"的文学精神」『斉魯学刊』93年3期 李新宇「"文革"詩歌略論」『飛天』93年9月号 を掲載したのなどはその一例である。劉火論文は89年『鍾山』に発表された木弓「"文革"的文学精神−民衆理想的輝煌勝利」への批判である。こうした事実 は文革期文学の研究が政策的に長期間禁じられていたこと、にも関わらずこの研究主題に対する関心が潜在的に強く存在していたことを示すものだろう。 4.近年の文革期文学研究論文 その後近年になって文革期文学への関心はいよいよ高まりつつあるようにみえ、管見に及んだ論文だけでも以下のようなものがある。 丁茂遠「論郭沫若"文革"期間詩詞創作」『理論与創作』1997年2月号 姚楠「"文化大革命"時期小説的創作隊伍」『佳木斯師専学報』1997年4期 楊漢雲「紅衛兵詩歌概説」『衡陽師専学報』1998年1期 胡有清「論文革批評模式」『文芸争鳴』1998年1期 孫 蘭「从錯位到悪化—評"文革"文学的流変」『文芸評論』1999年1期 孫 蘭「芸術品格与芸術功能的消退—再論十年"文革"文学審美価値体系」『文芸評論』1999年2期 孫 蘭「反思・啓示・超越—三論十年"文革"文学審美価値体系」『文芸評論』1999年3期 高有鵬「関于"文革"時期的民間文学問題」『河南大学学報』1999年2期 王尭「"文革"主流意識形態話語与浩然創作的演変」『蘇州大学学報』1999年3期 王尭「関于"文革文学"的釈義与研究」『文芸理論与研究』1999年5期 代迅「从浩然現象看"文革"文学研究模式」『文芸評論』2000年1期 孫 蘭「運動文学与運動群集—从両次奇特的農民詩歌運動談起」『文芸評論』2000年5期 王家平「"文革"時期流放者詩歌簡論」『文芸争鳴』2000年6期 5.王尭の論文「関于"文革文学"的釈義与研究」について このうち我々が文革期文学を研究しようとするさい最も参考になると思われるのが王尭の論文「関于"文革文学"的釈義与研究」である。王尭は蘇州大学教授 で90年代初期から文革期文学研究に関心を抱いていた研究者である。上の論文は1981年6月の11期6中全会の「関于建国以来党的若干歴史問題的決議」 の文革に対する評価(「"文化大革命"はいかなる意味でも革命とか社会的進歩ではなく、また、そうしたものではありえなかった」「"文化大革命"は、指導 者が誤って引き起こし、それが反革命集団に利用されて、党と国家と各民族人民に大きな災難をもたらした内乱である」)を「"文革文学"研究の政治的原則」 として書かれている。 彼は"文革文学"の主要な内容の一部を形成することになる京劇革命などの"文芸革命"が、本質的に権力闘争であった文革の発端として位置付けられた歴史 的事実(例えば《人民日報》《紅旗》共同元旦社説「把無産階級文化大革命進行到底」1967年1月1日)に基づき、次のように主張する。 "文革文学"はこのような歴史的コンテキストの中で生まれ、発展した。文学と政治の関係が最も基本的な問題となり、かつ根本的に"文革文学"の性質と容 貌、即ち"文革文学"全体が「文化の領域を含む上部構造においてプロレタリア階級がブルジョア階級に対し全面的独裁を行う」その組成部分であるという性質 を規定したのだ。「二つの階級、二つの道、二つの路線の闘争」に関する「基本路線」が"文革文学"の出発点となった。「プロレタリア階級の英雄の典型的形 象を作り上げる」ことが社会主義文芸の「根本任務」であり、「三突出」が「創作の原則」であった。「革命的ロマンティシズムと革命的リアリズムの結合」が 創作方法だった。「革命模範劇」の言説の覇権が"文革文学"の全過程を貫いていた。これらが"文革文学"を構成する基本的要素である。従って"文革文学" の主流はイデオロギー的言説なのである。 王尭の意見には他にも聞くべき点が少なくないが、紹介はここで終わる。 以上は論文だが、文革期文学研究の重要な資料になるものに回想記の類がある。文革期に執筆を禁じられていた作家や詩人たちが、文革後発表した回想記は、 零細な記事も含めれば相当な分量になるだろう。私の目にしたものも少なくないが、ここではそうした文章の研究資料としての重要性を指摘するにとどめ、以下 はそれらのうち史料たることを目的に書かれた文章若干を紹介する。 6.回想記など 文革期文学は王尭の指摘するように文革という政治闘争の重要な組成部分であった。従って文革期の政治指導部(中央文革小組)の文芸界への関与の実態を知 ることが、大切な研究事項となる。その点で役立つのが黎之が『新文学史料』に連載している「回憶与思考」である。黎之は解放後中共中央宣伝部の文芸部門で 働いてきた人物である。「回憶与思考」は彼自身が関わってきた建国後の文芸界の出来事の詳細な記録であるだけに第1級の資料価値がある。そのうち文革期文 学に関係するものに以下のようなものがある。 黎之「回憶与思考—所謂新旧"閻王殿"(上)(下)」『新文学史料』1999年1期−2期 黎之「回憶与思考—又一次"假批判"・到衛戌区見周揚、林黙涵」『新文学史料』2000年1期 黎之「回憶与思考—批《水滸》批宋江」『新文学史料』2000年4期 1999年以前の文章は、李輝主編の滄桑文叢の1冊として出版されている。(黎之『文壇風雲録』河南人民出版社、1998年12月) 文革期文学の理論としては「紀要」が重要である。その成立背景を述べた資料に次のものがある。筆者の劉志堅は座談会の参加者の一人である。 劉志堅「部隊文芸工作座談会紀要産生前後」「中共党史資料」第30輯,中共党史資料出版社,1989年6月 このほか、未見だがやはり回想的資料に次のものがある。 伍宇「中国作協"文革"親歴記」『伝記文学』1994年9期 また周明主編の下記の書物は文革期に迫害を受けた人々や文革期の出来事の回想や記録を集めたものである。 周 明主編『歴史在這里沈思—1966〜1976年記実』(1〜3巻)華夏出版社、1986年8月 周 明主編『歴史在這里沈思—1966〜1976年記実』(4〜6巻)北岳文芸出版社、1989年4月 7.単行本・年表 文革期の文学を主題とした単行本では、楊健の前掲書の他に、『百年中国文学総系」の1冊として出された、 楊鼎川『1967 狂乱的文学年代』山東教育出版社、1998年5月 がある。同書には付録に「年表(1966−75)」を付す。文革期文学の年表はいいものがなく我々も作成中だが、最近王尭の『"文革文学"紀事及主要著作年表』の一部が発表された。役に立つ。 王尭「"文革文学"紀事」『当代作家評論』2000年4期 8.洪子誠『中国当代文学史』と陳思和主編『中国当代文学史教程』 またこれらの論文のほかに近年出版された「当代文学史」では、<文革期文学>を、「10年のファッショ的文化独裁の社会主義文芸事業への大破壊」(高等 学校文科教材『中国当代文学史初稿(下)』人民文学出版社、1981年7月)、「社会主義文芸事業に対する空前の大破壊」「権力奪取のための陰謀文芸」 (例えば吉林省五院校『中国当代文学史』吉林人民出版社、1984年12月)といった従来の政治的断罪と違う視点からとらえようとするものが現れており、 中国大陸の学術研究がようやく政治から自立して展開されるようになった(同時にその程度に中国社会が成熟した)ことを予想させる。そのような書物として次 の2冊がある。 洪子誠『中国当代文学史』北京大学出版社、1999年8月 陳思和主編『中国当代文学史教程』復旦大学出版社、1999年9月 洪子誠の書物は一個人の手になる文学史としては建国後最初のものだと思うが、その第13章(走向"文革文学")から第14章(重新構造経典)、第15章 (分裂的文学世界)までの3章約50頁を文革期文学の記述に充てている。文革期の文学を「公開出版物」に発表された文学と「秘密、あるいは半ば秘密状態で 書かれ、伝わっていった作品」とから成るとし、そのいずれにも客観的な視点で目配りしている。なお、本書については『文学評論』2000年第1期に「中国 当代文学史写作筆談」として銭理群、陳美蘭、曹文軒、程光の書評がある。 陳思和の『中国当代文学史教程』は第9章("文化大革命"時期的文学)30頁足らずの紙幅に冷静・客観的な筆致で文革期文学の記述をまとめている。その 章立て(第1節「"文化大革命"対文学的催残及"文革"期間的地下文学活動」、第2節「老作家的秘密創作:《縁縁堂続筆》」、第3節「圧抑中的生命噴発与 現代智慧:《半?樹》与《神的変形》」、第4節「年軽一代的覚醒:《這是四点零八分的北京》与《波動》」)からも窺えるように、陳思和は文革期に発表の場 を奪われながら、それでも密かに作品を書きつづけた文学者の文学意識と作品(潜在写作)の掘り起こしに重きをおいているように見える。彼にはそれを専門に 扱った論文、陳思和「試論当代文学史(1949—1976)的"潜在写作"」『文学評論』1996年6期がある。 9.潜在写作 陳思和は張新穎らとともに『当代作家評論』(瀋陽)を舞台に彼の所謂「潜在写作」を発掘した論文を次々と紹介・掲載している。そうした論文に以下のものがある。 劉志栄「如水的旅程—論1958〜1976年唐堤的"潜在写作"」『当代作家評論』1999年3期 王観泉「聶紺弩在詩中隠現」『当代作家評論』2000年1期 李 輝「在"知識流放"中吟唱—孫越生和他的"干校詩"」『当代作家評論』2000年1期 何言宏「厳酷年代的精神証詞—"文革"時期牛漢的詩歌写作」『当代作家評論』2000年2期 黄発有「月黒灯弥皎 風狂草自香—当代視野中的豊子愷」『当代文学評論』2000年3期 張清華「黒夜深処的火光:六七十年代地下詩歌的啓蒙主題」『当代作家評論』2000年3期 楊漢雲の次の論文も問題意識としては同じ系譜に入るものであろう。 楊漢雲「牛漢"文革詩"的美学特徴」『益陽師専学報』1998年3期 陳思和本については『当代作家評論』1999年6期が陳思和と張新穎の対談「関于中国当代文学史的幾個問題」や呉義勤、施戦軍の書評を掲載する。 また、「潜在写作」の文学資料としての確実性に疑問を抱く立場から,陳思和を批判する李揚のような見解があることも付け加えておきたい。 李揚「当代文学史写作:原則、方法与可能性—从陳思和主編的《中国当代文学史教程》説起」『文学評論』2000年3期 10.詩歌関係の資料 それを「潜在写作」(陳思和)と呼ぶか「地下文学」(楊健)と呼ぶかは別にして、文革期文学には当時の政治指導部公認のメディアに発表された作品(とり あえず「公然文学」と呼ぶ)のほかに、もう一種類、発表手段をもたずに書き綴られた作品(「地下文学」ということにする)が存在したことは事実である。 楊健『文化大革命中的地下文学』の主要な功績は、「地下文学」の存在を公然と承認した点にある。文革期文学の研究対象が、もし「公然文学」だけであった ら、文革期文学研究という研究領域に足を踏み入れようという研究者は現在よりずっと少なかっただろう。ともあれ、ここ数年来文革期文学の研究がある活気を 呈しているように見えるとしたら、それは非公然文学の掘り起こしと研究が進みつつあるからであろう。そのような作業はとりわけ詩歌の領域に著しい。中でも 80年代朦朧詩の源流となった下放知識青年の詩歌創作については、当事者による作品の発掘、郭路生を代表とする当時の「地下詩人」たちの個人詩集の刊行、 回想記など資料の整理が行われている。またそうした資料に基づいて上の張清華「黒夜深処的火光:六七十年代地下詩歌的啓蒙主題」のような論文も書かれるよ うになっている。ここでは個人の作品集以外の関係資料を示しておきたい。 海彦主編『中国知青詩抄』中国文学出版社,1998年2月 張明/廖亦武『沈淪的聖殿−中国20世紀70年代地下詩歌遺照−』新疆青少年出版社、1999年4月 上の2つは文革期文学の重要な内容を構成する下放知識青年の文学資料である。文革期の下放知識青年の文学活動は楊健前掲書に紹介があるほか,近年知識青年の上山下郷運動の研究が進展することで掘り起こしが行なわれているが,ここでは記述しない。 11.終わりに 以上文献紹介を兼ねながら、中国大陸におけるここ10年間の文革期文学研究の状況を概観してきた。以上の簡単なスケッチからでも中国大陸の学界で徐々に 文革期の文学を客観的な研究対象にしようという動きが進みつつあることが見て取れる。21世紀はおそらくもっと多くの論文が書かれ,研究の幅,深さともに 飛躍的に高まるだろう。日本でもこのホームページの管理人・溝口さんのような,文革に過剰な思い入れも,逆の意味の反感も抱かない,文革を一つの歴史的事 件として見ることのできる世代による研究が始まるだろう。この文献紹介がそういう人たちに役立てば幸いである。 (注1) 76年10月四人組逮捕後から始批判運動が始まり、その中で膨大な批判論文が書かれる。これらはもちろん政治批判の一環として展開されたのであり、研究 などではないが、しかしその中には、文革期文学に関わる「事実」を暴露したものも少なくない。当時のやや粗暴とも言える批判の政治的言説のフィルターを取 り払い、「事実」だけを選り出すことができれば、これらの批判論文には有用な研究資料が含まれていると言える。そのようなものに,例えば,王国栄/徐家麒 「也読『朝霞』一年」『文芸論叢第1集』上海人民出版社、1977年9月がある。 (注2) ただし文革進行中の70年代にはその文学はしばしば考察の対象になった。例えば、私も執筆者の一人だった朝日新聞社編『造反する芸術』(朝日市民教室 <日本と中国>第3巻)、朝日新聞社、1972年1月、は文革初期の文学・芸術活動への深い共感をもって書かれた文革期文学の概説書だった。文革への批判 的立場に立つもので是非挙げておきたいものに丸山昇の諸論文がある。文革終結後『「文革」の軌跡と中国研究』新日本出版社、1981年2月、に収められた 論考は、文革期文学を主題とするものではなく、一人の党員マルクス主義者として、文学を含む文革総体への同時代的批評である。文革期文学を対象としたもの に前田利昭「文芸を通してみる「文革」の諸相」(「中国研究」1975年10月号、後重沢・高橋編『中国社会主義の問題点』日中出版社、1977年5月に 所収)がある。72年以後数年間の中国文学界の動向の詳細な考察で参考になる。ただ彼らも文革後はその関心を失ってしまっているように見える。 文革後の関心も文革期文学それ自身よりも、文革期に迫害された作家たちの状況などに向けられていたように思う。例えば、竹内実・村田茂編『ひとびとの墓 碑銘—文革犠牲者の追悼と中国文芸界のある状況』霞山会、1983年2月、は副題が示すように文革中に死んだ著名な文学者たちの追悼文の翻訳とその解説で ある。文革終結のきっかけとなった1976年4月の天安門事件は,その一要素として周恩来追悼の献詩運動への弾圧という側面をもち,文革期文学史では「天 安門詩歌運動」として知られるが,その紹介を行なったものに,中邦仁『[ドキュメント]天安門事件』文藝春秋,1979年4月,藤本幸三編訳『中国が四人 組を捨てた日—ドキュメント「天安門詩文集」』徳間書店,1979年8月,などがある。 そうした状況の中で拙稿「文革期文学の一面—高紅十と『理想之歌』を中心に」「未名」創刊号、1982年2月、は文革期文学を主題にした文革後の日本に おける最も早い論文だったと思う。拙稿にはこのほか「紅衛兵運動の挽歌—郭路生の詩について」(上・下)「未名」13号・14号、1995年3月・ 1996年3月があり、文革期文学という視点から郭路生の詩を論じている。 |