| 年月 |
出来事 |
内容・影響 |
| 1966年 |
文革の発動と紅衛兵の登場 |
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| 1、1 |
『紅旗』、社説「政治は統帥であり、魂である」を発表。 |
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| 2、1 |
『人民日報』、雲松「田漢の『謝瑤環』は一株の大毒草である」を発表。 |
田漢批判が始まる。 |
| 2、3 |
彭真、「文化革命五人小組」会議を招集し、『海瑞免官』批判問題を討論。 |
「当面の学術討論に関する集約提綱(二月要綱)」を作成。呉ヨに対する批判を学術討論の範囲に限定する。ケ小平の署名・発行により党中央文献として全党に通達される(2、12)。 |
| 2、7 |
『人民日報』、社説「毛沢東同志の立派な学生――焦裕禄同志に学ぼう」を発表。 |
焦裕禄学習運動が始まる。 |
| 2、2-20 |
江青、上海で「部隊文芸工作座談会」を開催。建国以来、「毛主席の思想と対立する反党反社会主義の黒い線が我々に独裁を行ってきた」。 |
座談会の内容は、「林彪同志の委託により江青同志が招集した部隊文芸工作座談会部隊文芸工作座談会紀要」として、党中央文献として全党に通達(4、10)。 |
| 3 |
党中央、ソ連共産党第23回大会出席を拒否する書簡をソ共中央に送る。 |
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| 3、17-20 |
政治局常務委員拡大会議 |
毛「現在の学術界と教育界では知識分子が実権を握っている」、「各地は学校、刊行物、出版社がどんな人物の手の中にあるかを注意し、ブルジョア階級の学術権威に対して適切な批判を加えねばならない」。 |
| 4、5 |
『紅旗』、 |
呉ヨの「海瑞免官」を反党と断定する。 |
| 4、16 |
『北京日報』、 |
『燕山夜話』、『三家村札記』批判 |
| 4、18 |
『解放軍報』、社説「毛沢東思想の偉大な赤旗を高く掲げ、社会主義の文化大革命に積極的に参加しよう」を発表。 |
「社会主義文化大革命」という呼び方が始まる。 |
| 4、24 |
中央政治局常務委員会拡大会議、「中共中央委員会通知」を採択 |
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| 5、7 |
毛、林彪の「部隊の農業副業生産をいっそう立派におこなうことについての報告」に返信を書く(「5・7指示」)。8月1日の『人民日報』社説で公表。 |
「学制は短縮し、教育は革命しなければならない。ブルジョア知識分子が我々の学校を支配するという現象はこれ以上継続させてはならない。 |
| 5、8 |
『解放軍報』、「反党反社会主義の黒い線に対して火ぶたを切ろう」を発表。 |
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| 5、8 |
『光明日報』、何明(関鋒)「眼をこすって真偽を見分けよう」を発表し、北京市党委員会の雑誌『前線』と『北京日報』を批判。 |
「あなた方はプロレタリア独裁のための道具なのか、それとも資本主義の宣伝と復活のための道具なのか?」 |
| 5、10 |
『文匯報』、『解放軍報』、姚文元「『三家村』を評す――『燕山夜話』、『三家村札記』の反動的本質」を発表。 |
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| 5、11 |
『紅旗』誌、戚本禹「『前線』と『北京日報』のブルジョア的立場を評す」を発表。 |
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| 5、11 |
『紅旗』誌、仲正文「政治を先行させ英雄を大きく描く――長編小説『欧陽海の歌』を評す」を発表。 |
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| 5、4-26 |
党中央、劉少奇の主宰で中央政治局拡大会議(5月政治局会議)を開催。「5・16通知」を採択。 |
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| 5、18 |
林彪、「5・18講話」 |
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| 5、23 |
中央政治局拡大会議で、彭真、羅瑞卿、陸定一、楊尚昆らを全職務から解任することを決定。 |
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| 5、28 |
党中央、中央文化革命小組の成立を宣言 |
組長・陳伯達、顧問・康生、副組長・江青、王任重、劉志堅、張春橋、組員・王力、関鋒、戚本禹、姚文元など。中央政治局、中央書記処は機能停止 |
| 5、29 |
清華大学附属中学に全国で最初の紅衛兵組織が成立。 |
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| 5、29 |
映画『紅日』(真紅の太陽)批判 |
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| 5、30 |
陳伯達、人民日報社を奪権 |
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| 6、1 |
『人民日報』、社説「すべての牛鬼邪神を一掃しよう」を発表。 |
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| 6、2 |
『人民日報』、聶元梓らが北京大学党委員会と北京市党委員会を批判した大字報を掲載。 |
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| 6、3 |
『北京日報』、北京市委員会の改組決定を伝える。 |
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| 6、4 |
党中央、陸定一文化部宣伝部長を解任。後任に陶鋳。 |
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| 6、6 |
『人民日報』・『解放軍報』、「文化大革命の宣伝教育の要点について」を発表。 |
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| 6、8 |
党中央、劉少奇の主宰で常務委員会拡大会議を開催。「八条指示」(中央八条)を制定。 |
「大字報を貼ってはならない」、「デモを行ってはならない」、「大規模な糺弾集会を行ってはならない」、「人を殴ること、侮辱することを禁止する」、など。 |
| 6、16 |
『人民日報』、社説「思いきり大衆を立ち上がらせ、反革命の黒いグループを徹底的に打倒しよう」 |
「あらゆる牛鬼邪神をすべて暴き出して、目茶苦茶に、立ち上がれないほど、徹底的につるし上げなければならない」。「八条指示」と真っ向から対立。 |
| 6、18 |
「6・18事件」。北京大学で、党や共青団の幹部、教師ら40人をつるし上げる。 |
工作組が事件の収拾にあたる。 |
| 6、23 |
李雪峰(北京市党委第一書記)、工作組に反対する者は反党であると演説。 |
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| 7、18 |
毛、武漢から北京に戻る。工作組撤収を指示。 |
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| 7、25 |
毛、中央文革小組に接見した席で、工作組への不満を表明する。 |
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| 7、28 |
北京市党委員会、毛の指示に基づいて、「各大学高専の工作組を撤収することについての決定」を通達。 |
29日、人民大会堂で一万人大会を開いて、「決定」を宣言。大学、中学校を半年間休業とし革命に参加させることを発表。 |
| 8、1-12 |
党中央、八期十一中全会を北京で開催。「十六条」を採択(8、8)。 |
林彪の序列2位へ、劉少奇8位に下がる。 |
| 8、1 |
毛、清華大学附属中学の紅衛兵に手紙を送る。 |
「反動派に対する造反有理」、「革命無罪」 |
| 8、5 |
毛、大字報「司令部を砲撃せよ」(『人民日報』)を発表し、劉少奇、ケ小平を批判。 |
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| 8、12 |
最初の『毛沢東選集』が出版される。 |
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| 8、18 |
毛、天安門で百万の大衆と紅衛兵に接見する。 |
この後、紅衛兵運動は全国に拡大する。 |
| 9 |
『紅旗』誌、社説「毛沢東思想の大道を前進しよう」を発表。 |
「フルシチョフ式の人物が党、軍隊、政権の乗っ取りを企てている」。 |
| 9、5 |
党中央・国務院「地方の大学高専の革命的学生、中等学校の革命的学生代表および革命的教職員代表を組織し、文化大革命運動を上京参観させることについての通知」を発表。 |
全国的な経験大交流が開始される。 |
| 9、11 |
『人民日報』、社説「労働者農民大衆と革命的学生は毛沢東思想の旗印の下に団結せよ」を発表。 |
紅衛兵運動を支持。極度の混乱により、党の基層組織は解放軍野戦部隊を除いてすべて活動を停止する。 |
| 9、12 |
北京大学文化大革命委員会成立。主任は聶元梓。 |
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| 10、5 |
中央軍事委員会10・5緊急指示 |
「軍隊・大学の文化大革命運動は工作組撤退後に大学の党委員会によって指導される規定」の取り消しを公布。 |
| 10、9-28 |
中央工作会議を北京で開催 |
陳伯達、林彪の講話 |
| 10、15 |
北京で工作組問題について李雪峰批判大会。 |
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| 10、23 |
劉少奇、中共中央工作会議で自己批判。 |
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| 11、8 |
中央軍事委員会、北京工人体育場、 |
陳毅、葉剣英らが軍部の混乱に対して批判意見を提起する。 |
| 11、9 |
王洪文らをリーダーとする「上海工人革命造反総司令部」(「工総司)が成立。 |
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| 11、10 |
「工総司」、上海市郊外の安亭駅で30時間にわたり列車を止める。「安亭事件」 |
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| 11、16 |
党中央・国務院、「革命的教師、学生の大交流問題に関する通知」 |
紅衛兵交流の停止を通告。 |
| 11、16-26 |
党中央の指示に基づき、谷牧(国家基本建設委員会主任)、余秋里(石油工業部部長)の主宰で工業交通座談会が開催される。 |
工業、交通、企業分野でいかに「文化大革命」を展開するかを討論。「文化教育部門、党・政府指導機関とは区別すべき」。 |
| 12、4-6 |
林彪の主宰で中央政治局拡大会議が開催される。「革命に力を入れ生産を促すことについての十条の規定」(工業十条)を採択。 |
工業、交通、企業分野でも「文化大革命」を全面的に展開することを提起。 |
| 12、5 |
「首都紅衛兵聯合行動委員会」 |
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| 12、15 |
党中央、「農村のプロレタリア文化大革命についての指示(草案)」(農村十条)を発表する。 |
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| 12、18 |
劉少奇の秘密審査を目的とする「王光美特別案件班」が成立。 |
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| 12、25 |
毛、67年は「全国的に、全面的に、階級闘争が展開される一年になるであろう」。 |
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| 12、30 |
「康平路事件」 |
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| 1967年 |
革命委員会の成立と武漢事件 |
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| 1、1 |
『人民日報』、『紅旗』誌、共同社説「プロレタリア文化大革命を最後まで推し進めよう」を発表。 |
「党内の一握りの資本主義の道を歩む実権派と社会に潜む牛鬼邪神に総攻撃を展開しよう」。 |
| 1、4 |
張春橋・姚文元が「中央文革小組調査員」の肩書で上海を訪れる。 |
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| 1、4 |
『文匯報』の造反派が奪権を宣言。 |
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| 1、5 |
『解放日報』の造反派が奪権を宣言。 |
毛、「二紙の奪権、これは全国的な問題である。我々は彼らの造反を支持しなければならない」(1、8)。 |
| 1、6 |
工総司をはじめとする32の造反派組織が「上海市党委員会打倒大会」を開催。 |
陳丕顕(上海市党委第一書記)、曹荻秋(上海市長)らが批判闘争にかけられる。曹荻秋を上海市長と認めないと宣言する。 |
| 1、8 |
「革命に力を入れ生産を促す上海市前線指揮部」が成立(張春橋・姚文元が指揮)。 |
全市の生産における事実上の指導組織となる。 |
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「プロレタリア文化大革命防衛委員会」が成立。 |
公安、司法機関にとってかわる。 |
| 1、13 |
党中央・国務院、「プロレタリア文化大革命における公安工作を強化することについての若干の規定」(「公安六条」)を公布。 |
「偉大な指導者毛主席とその親密な戦友林彪同志を誹謗攻撃するものは、すべて現行反革命行為であり、法に照らして処罰すべきである」。 |
| 1、16 |
『人民日報』、『紅旗』評論員「プロレタリア革命派は連合しよう」を発表。 |
上海の「経験を一点に要約するなら、それはとりもなおさずプロレタリア革命派が連合して、党内の一握りの資本主義の道を歩む実権派から権力を奪い返し、上海の政治、経済、文化の大権をしっかりと自分たちの手に握ったことである」。 |
| 1、19-20 |
中央軍事委員会、各大軍区の責任者を集め、京西賓館で会議を開催。 |
人民解放軍総政治部主任・蕭華を批判。二月抗争の最初の高まりとなる。 |
| 1、23 |
党中央・国務院・中央軍事委員会・中央文革小組、「人民解放軍が断固として革命的左派大衆を支持することについての決定」を通達。 |
文革初期の、人民解放軍は民間の運動に介入してはならないという規定を変更。 |
| 1、23 |
『人民日報』、社説「プロレタリア革命派は大連合して、資本主義の道を歩む実権派から権力を奪い取ろう!」を発表。 |
「真の革命左派が目をつけていること、考えていることは奪権である、やっていることもやはり奪権なのである」。 |
| 1、28 |
「上海市紅衛兵革命委員会(略称、紅革会)が張春橋を攻撃。 |
反革命組織と断定され、鎮圧される。 |
| 1、28 |
中央軍事委員会、「中央軍事委員会命令」を発布。 |
軍の安定維持を計る。 |
| 1、31 |
黒竜江省紅色造反者革命委員会が成立。全国で最初の革命委員会。 |
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| 2、2 |
『人民日報』、社説「東北の新しい曙」を発表。 |
「毛沢東思想の輝かしい光のもとに、黒竜江省は新しく生まれ変わった」。 |
| 2、5 |
「上海人民公社」が正式に成立。 |
主任・張春橋、副主任・姚文元、王洪文。 |
| 2、6 |
『文匯報』、社説「偉大な歴史的革命の壮挙――上海人民公社の誕生に歓呼の声を送る」 |
「上海人民公社の誕生はプロレタリア階級に新たな奪権の重要な経験を提供した」。 |
| 2、11・16 |
中南海懐仁堂で、周恩来主宰の中央連絡会議が開催される。党・政・軍の長老と江青・張春橋らが文化大革命の原則問題を巡って対立する。 |
葉剣英、「君たちは党を攪乱し、政府を攪乱し、工場と農村を攪乱した!それでもまだ飽き足らずに軍隊を攪乱しようとしている!」。 |
| 2、17 |
党中央・国務院、「上山下郷の知識青年の経験交流・請願・陳情の処理に関する通知」を公布。 |
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| 2、18 |
毛、 |
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| 2、19 |
党中央、 |
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| 3、2 |
『人民日報』、社説「革命的『三結合』は奪権闘争の勝利の保証である」を発表。 |
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| 2、25-3、18 |
毛の指示により、懐仁堂で七回にわたる政治活動会が開催される。 |
古参幹部の、文革小組に対する批判を「二月逆流」だと攻撃する。 |
| 3、16 |
党中央、「薄一波、劉瀾涛、安子文、楊献珍ら61人の自首寝返りに関する資料」を配布。 |
古参幹部に対する攻撃がさらに激化する。 |
| 3、20 |
林彪、解放軍の幹部会議で演説する。 |
「一部の古参幹部は社会主義に入る時期についていけず、社会主義革命の戦士に変わることができず、旧い民主主義革命の段階に留まっている」。 |
| 4、1 |
『人民日報』、戚本禹「愛国主義か、それとも売国主義か」を発表。 |
劉少奇を「党内最大の資本主義の道を歩む実権派」として批判する。 |
| 4、10 |
清華大学で数十万人が参加した大会が開かれ、王光美がつるし上げを受ける。 |
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| 5、8 |
『紅旗』・『人民日報』、「『共産党員の修養を論ず』の核心はプロレタリア独裁への裏切りにある」を発表。 |
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| 5、17 |
江青、「伍豪公告」事件で周恩来を攻撃。 |
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| 6、17 |
中国、初の水爆実験に成功。 |
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| 7、18 |
戚本禹、「劉少奇批判闘争」大会を開催する。 |
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| 7、20 |
武漢「7・20」事件発生。謝富治と王力ら、武漢の大衆組織「百万雄師」に拘束される。 |
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| 7、22 |
江青、「文で攻め、武で防ぐ」というスローガンを提起。 |
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| 8月上旬 |
南京、常州、長春、瀋陽、重慶、長沙などで大規模な武闘事件が発生。 |
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| 8、7 |
謝富治、 |
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| 8、9 |
林彪、講話「現在の革命は我々が元々やってきた革命を革命するものである」。 |
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| 8、22 |
「イギリス代理大使館事務所焼き討ち事件」が発生。 |
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| 8月下旬 |
毛の承認を得て、中央文革小組メンバー、王力と関鋒の隔離審査実施。 |
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| 9、5 |
「人民解放軍の武器、武装、および各種の軍用物資の略奪禁止についての命令」 |
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| 9、8 |
『人民日報』、姚文元「陶鋳の二冊の本を評す」を発表。 |
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| 9、13 |
「国家の物資、商品の略奪および倉庫襲撃を厳しく禁じ、国家の財産の安全を確保することについての通知」 |
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| 9、23 |
党中央・国務院・中央軍事委員会・中央文革小組、「各地で経験交流中の学生、および陳情で北京滞在中の者は即刻所属機関に戻ることに関する緊急通知」を発布。 |
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| 10、14 |
党中央・国務院・中央軍事委員会・中央文革小組、「大学・中学・小学校が授業を再開して革命を行うことに関する通知」を発布。 |
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| 10、7 |
毛の演説紀要 |
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| 1968年 |
混乱の収拾 |
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| 1、16 |
毛、「伍豪公告」事件に関し、「本件は国民党がでっちあげた中傷である」と指示を出す。 |
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| 3、22 |
党中央、楊成武(人民解放軍総参謀長代理)・余立金(空軍党委員会第二書記)・傳崇碧(北京衛戍区司令官)の職務を解任。 |
人民解放軍総参謀長の後任には黄永勝、北京衛戍区司令官の後任には温玉成。 |
| 3、27 |
中央文革小組、首都体育館で「『二月逆流の新しい反撃を徹底的に粉砕し、プロレタリア文化大革命の全面的勝利を奪い取る決起大会」を開催。 |
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| 3、30 |
『人民日報』・『紅旗』、共同社説「革命委員会は素晴らしい」を発表。 |
毛、「革命委員会の基本的経験は三つある。一つは革命幹部の代表がいることであり、一つは軍隊の代表がいることであり、一つは革命大衆の代表がいることだ」。 |
| 7、21 |
『人民日報』、 |
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| 7、27 |
「首都労働者毛沢東思想宣伝隊」が清華大学に進駐し、全校を支配下に置く。 |
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| 8 |
「反逆者、敵の回し者、労働者階級の裏切り者、劉少奇の罪悪行為についての審査報告」 |
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| 8、25 |
党中央・国務院・中央軍事委員会・中央文革小組、「労働者宣伝隊を学校に派遣することに関する通知」を発布する。 |
「革命大連合を実現していない両派の革命大衆組織が、毛沢東思想の基礎の上に革命大連合を実行するのを援助し、促進し、武闘のある地方では断固としてそれを阻止しなければならない」。 |
| 8、26 |
『人民日報』、姚文元「労働者階級はすべてを指導しなければならない」を発表。 |
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| 9、5 |
チベット・新彊自治区で革命委員会が成立し、全国すべてのの省・市・自治区に革命委員会が樹立される。 |
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| 9、7 |
『人民日報』・『解放軍報』、共同社説「プロレタリア文化大革命の全面的勝利万歳!」を発表。 |
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| 10、13-31 |
八期十二中全会が北京で開催。主な議題は、1、九全大会の代表選出の原則と方法の討論、2、党規約改正草案の討論、3、国内外の情勢についての説明、4、劉少奇の特別審査報告に関する採択の討論。 |
「劉少奇を永久に党から除名し、党内外の一切の職務を解任し、引き続き劉少奇とその一味の、党と国家を裏切る罪悪行為を清算する」ことを採択。劉少奇は69年10月17に開封に護送され、11月12日に死去。 |
| 10、16 |
『紅旗』誌、社説「プロレタリア階級の新鮮な血液を吸収しよう」を発表。 |
劉少奇の「六つの理論」(階級闘争消滅論、従順な道具論、大衆落伍論、入党役人論、党内平和論、公私融合論)の批判を呼びかける。 |
| 11、27 |
党中央・中央文革小組、「『九全大会』招集についての意見の諮問に関する通達」を発布。 |
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| 12、16 |
党中央・中央文革小組、「党の綱領・党の規約改正を行うことについての通知」を発布。 |
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| 12、22 |
毛、「知識青年が農村に行って、貧農・下層中農の再教育を受けることはきわめて必要なことである」。 |
これ以後、各地で知識青年の「上山下郷」運動が起こる。 |
| 1969年 |
九全大会 |
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| 1、29 |
中共中央、中央文化革命小組、「清華大学が知識分子に対する“再教育”と“活路を与える”政策を断固としてやりぬいたことの報告」を全国に通達。 |
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| 3、2 |
中ソ国境の東部、黒竜江省の珍宝島(ダマンスキー島)で中ソ両軍が武力衝突 |
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| 3、15 |
毛、中央文革小組連絡会議で戦争準備について語る。 |
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| 4、1-24 |
第九回全国代表大会 |
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| 4、28 |
九期一中全会 |
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| 1970年 |
廬山会議と批陳整風 |
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| 1月 |
米中大使級会議 |
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| 1、31 |
中共中央、「反革命の破壊活動に打撃を与えることに関する指示」を発布。 |
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| 2、5 |
中共中央、「汚職・横領と投機的売買に反対することに関する指示」・「派手な浪費に反対することに関する指示」を発布。 |
これ以後、“一打三反”運動が全国で展開され、裏切り者・スパイ・反革命分子として184万人が摘発され、そのうち逮捕された者は28万あまりに達した。 |
| 2、15-3、21 |
国務院、全国計画工作会議を開催。 |
第四次五カ年計画要綱(草案)を制定する。 |
| 3、17-20 |
中央工作会議 |
第四期全人大の開催、憲法改正および国家主席を設けないことについての討論。 |
| 3、27 |
党中央、「『5・16』反革命陰謀集団の摘発・審査に関する通知」を発布。 |
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| 4、24 |
中国、初の人工衛星打ち上げに成功。 |
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| 5、21 |
『人民日報』、毛「全世界の人民は団結し、アメリカ侵略者およびそのすべての を打ち負かそう!」(“5・20声明”) |
「アメリカ帝国主義は 実際には張り子の虎である」。 |
| 6、27 |
中共中央、北京大学、清華大学が提出した、試験的な学生募集方法に関する調査報告を批准する。 |
大学入学試験制度が廃止される。 |
| 8、13 |
憲法工作会議 |
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| 8、23-9、6 |
九期二中全会が廬山で開催される。林彪・陳伯達が「天才論」と国家主席設置を提唱。毛、「私の若干の意見」を書き、陳伯達を名指しで批判。 |
「中華人民共和国憲法改正草案」を採択。 |
| 11、6 |
党中央、「中央組織宣伝組の設置に関する決定」を発布。 |
組長・康生、メンバー・江青、張春橋、王洪文、紀登奎、李徳生。 |
| 11、16 |
党中央、「陳伯達反党問題の伝達についての指示」を発布。 |
「陳伯達はふいに襲撃をしかけ、風をあおり、火をつけ、デマをでっちあげ、同志をペテンにかけるという悪辣な手段で、党を分裂させるという活動を行った」。この後、「批陳整風」運動が展開される。 |